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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)14号 判決 1967年10月07日

原告 林源一

被告 農林大臣

訴訟代理人 松崎康夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

当事者双方の「求める裁判」および「事実上、法律上の主張」は、次のとおりである。

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、被告が昭和三八年五月二七日付農林省指令三八海政第三六八号をもつて、農地法第五条により、訴外三菱電機株式会社に対してした訴外三輪一三外二七九名所有の稲沢市井之口町御免田一八〇四番外六七五筆合計一五〇、六〇八平方米(一五町一反八畝一九歩)の農地転用のための所有権移転許可処分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、本案前の申立

(一) 本件訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二、本案に対する申立

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、被告は昭和三八年五月二七日付農林省指令三八海政第三六八号をもつて、農地法第五条により、訴外三菱電機株式会社に対し、訴外三輪一三外二七九名所有の稲沢市井之口町御免田一八〇四番外六七五筆合計一五〇、六〇八平方米(一五町一反八畝一九歩)(以下本件土地という)の農地転用のための所有権移転許可処分(以下本件許可処分という)をした。

二、本件許可処分により、従来本件土地内に存在していた別紙図面表示の排水路(以下廃止水路という)が廃止されたため、この水路を利用していた排水は、本件土地の北側を通つて大助川に流入する水路(以下下津落水路という)を利用し、廃止水路の従来の大助川への流入地点(以下A地点という)より約一粁上流の地点(以下B地点という)に放流されることとなつた。

この結果、B地点において、大助川の排水量が増大を来たし、A地点とB地点との間およびB地点の上流約五〇〇米の流域で、大助川は排水能力以上の流量を受けて、必然的に右大助川の両側の農地に冠水または溢水の被害を与える危険が発生した。

三、右結果は本件許可処分にもとづくものであつて、本件許可処分は次の理由により違法であるから、取消されるべきである。すなわち、

(一) 農業生産力の増進を目的とする農地法第一条の趣旨、および農地法施行規則第六条が農地転用許可申請に際し、その農地転用にともなう近傍農地に与える被害の防除方法を記載することを義務づけていることからすれば、農地転用許可処分をするについては、その処分が近傍農地に与える被害を考慮し、その被害防除の方法を講じたうえ、許可処分をなすべき義務があるというべきである。ところが、本件許可処分において、被告は本件土地の近傍農地の地盤状況、水路勾配、排水状態からして、廃止水路をなくするような農地転用許可をすれば、近傍農地に被害を与える恐れが明らかであるのに、その被害防除の方法を十分に講じ、また指示することなく、本件許可処分をなしたものであるから、かかる許可処分は違法であるというべきである。

なお、本件許可処分は廃止水路そのものの廃止を許可するものでないが、廃止水路はその歴史もはつきりしない自然発生に近い水路であつたことと本件土地の転用目的すなわち、建物の築造、その位置、構造等の転用計画からして、本件許可処分がなされれば、転用にともなつて当然廃止水路が廃止される計画であることは明らかであるから、廃止水路を廃止することをも含めて許可したものとみるべきである。

(二) 本件許可処分による本件土地の転用目的を達成するためには、右のごとく当然に廃止水路が廃止されることになるから、従来の排水は本件土地の北側に位置する下津落水路を利用することとなつて、従来の水流の変更を来たし、民法第二一九条第二項但書の趣旨に反する。かように民法の規定に違反し、その結果として、近傍農地に冠水または溢水等の被害を与える恐れを生じさせた本件許可処分は違法な行政処分というべきである。

四、原告は稲沢市小池正明寺上川田四、〇一五番田一三二平方米(一畝一〇歩)外七筆計一八一八平方米を所有し、右各土地はA地点、B地点の間、およびB地点の上流の大助川流域の両側に位置するから前記のとおり、ともに本件許可処分にもとづく冠水水、溢水による被害を受ける恐れがあるものである。

よつて、原告はこの違法な本件許可処分の取消を求めるにつき、法律上の利益があるから、その取消を求めるため、本訴におよぶ次第である。

(被告の本案前の申立の理由)

本件訴は原告適格を欠く不適法なものである。すなわち、行政処分取消の訴は、その処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものに限り提起することができるところ、原告は本件土地につき、何ら法律上の権利を有するものでなくまた原告所有の農地は本件の北側道路を西へ一六〇米ほどにある大助川の対岸地、およびその地点より大助川の上流(北方)九〇米ほどの対岸地、ならびに同じく一七〇米程上流の東側に位置しており、本件許可処分によつて、原告は何らその権利または利益の侵害を受けていない。また、廃止水路の廃止は本件許可処分の当然の効果ではなく、本件許可処分によつて、本件土地を取得した訴外三菱電機株式会社により施行されたものであつて、本件許可処分と因果関係はないのである。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項は認める。

二、同第二項は否認する。

原告所有の土地に冠水する危険は全くなく、原告の主張は理由がない。すなわち、

(一) 廃止水路は下津落水路と接続していない。廃止水路は巾員は広いところで二米、その他は一米ほどのあしのそ生する溝にすぎなかつた。下津落水路が豪雨のときに本件土地の東北端の水路屈折部分の堤防が決潰し、本件土地内に流入し、廃止水路に自然発生的に接続したこともあるが、当初から、下津落水路の分水路として築造管理されていたものではない。

(二) 廃止水路にかえて、新たに排水路が新設されている。

本件土地西側に巾員一二米の道路が設けられ、この道路沿いにコンクリートU字管による巾員一米水深八〇糎の排水路が新設され、この排水路は下津落水路の分水路として、廃止水路に代替するもので、従来の排水形態における大助川への流入地点と同一場所において、大助川へ流入しているのである。

(三) 原告所有の土地の冠水する危険と廃止水路の廃止とは無関係である。大助川は下津落水路が流入することによつて、能力以上の流量を受けることは全くなく、常時の流量は川の深さの半分程である。しかし、B地点の下流一〇七八米にある井上杁の水門を閉じて満水状態にしなければ、この水門より一粁以上上流の田に水を引くことができないから、かんがいの必要上、人為的に満水にするものであり、この満水状態の際、急に大雨があつた場合、水門の管理が不十分であれば、附近の田が冠水することが考えられるが、これは水門の管理不十分にもとづくものであつて、本件許可処分又は廃止水路の廃止とは何ら関係がないのである。

三、同第三項は否認する。

本件許可処分に際し、被告は転用土地の取得者である訴外三菱電機株式会社に対し、近傍農地の被害防除措置について指示をなし、訴外会社においてこれに同意し、又関係土地改良区、旧土地所有者、訴外会社の間においてその点に関し、協議がととのい、かつ、その協議内容からして、近傍農地の被害防除の措置が妥当なものであることを被告において確認したうえ、本件許可処分をなしたのであるから、本件許可処分には何らの違法はない。

四、同第四項のうち、原告が稲沢市小池正明寺上川田四、〇一五番一三二平方米(一畝一〇歩)外七筆計一八一八平方米を所有し、右各土地が原告主張のとおりの位置に所在することは認めるが、その他の事実は否認する。

第三、証拠関係<省略>

理由

行政処分の取消の訴において原告となりうる者は、必ずしも処分の相手方に限られず、その取消を求めるについて法律上の利益を有する者であれば足りるところ、本件許可処分は本件土地内に所在した廃止水路を廃止する処分そのものではないが、本件土地の転用目的からいつて右処分により必然的に廃止水路が廃止されるにいたり、その結果従来の水流に変更を来たし、原告所有の土地に冠水、溢水の損害を受ける危険が発生してその所有権が侵害されるおそれがあるため、原告は本件許可処分の取消を求めるというのであるから、原告は、右取消を求めるについて法律上の利益がある者というべきであり、本訴において原告適格を有する者と解すべきである。

そこで進んで、本案について判断する。

被告が昭和三八年五月二七日付農林省指令三八海政第三六八号をもつて農地法第五条により三菱電機株式会社に対し本件土地の農地転用のための所有権移転許可処分をしたことおよび原告がその主張の各土地を所有し、それがその主張のとおりの位置に所在することは、当事者間に争いがなく、農林大臣が農地を農地以外のものに転用することを許可する場合には、転用することによる付近の土地、作物、家畜等の被害に対する防除措置を検討考慮のうえ許可の適否を決めるべきであるところ、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一〇、乙第二号証の一、二および乙第三号証ならびに検証の結果を総合すると、被告は本件許可処分に際し、転用土地の取得者である三菱電機株式会社に対して転用後本件土地内に工場を設置するにあたり残存する周辺農地の耕作条件が悪化しないよう道、水路の付替等必要な措置を関係者(地元耕作者、土地改良区、市当局)の意向をくんで計画すること等近傍農地の被害防除措置について具体的な指示を行い、同会社においてこれに同意し、同会社、原告が組合員である福田悪水土地改良区等の関係土地改良区および市当局との間にその点に関して協議がされて合意がととのい、同会社において市当局の指示にしたがつて用水および排水に関して農作物その他に被害を及ぼさないような措置を実施することを確認のうえ、本件許可処分をしたものであること、同会社は本件土地内に所在した廃止水路(ただし、その規模、大助川への流入地点等の状況は不明である。)を廃止し、本件土地の西側に幅員約一二メートルの道路を設置し、その道路の西側沿いにコンクリートU字管によつて排水路を新設し、それが下津落水路の分水路として廃止水路に代替されていることならびに大助川のB点より下流約二三〇メートルの地点および同約一一〇〇メートルの地点に冠水を防ぐための杁が設置されていることが認められ、廃止水路の廃止によつて原告主張の流域で大助川が排水能力以上の流量を受けて原告主張の各土地に冠水、溢水の危険が発生するにいたつたことを認めるに足りる確証がないから、本件許可処分には何らの違法もなく、原告の本訴請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田正武 井野三郎 日高千之)

(別紙)

図<省略>

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